連載【揺れる地域・第2部】〜陸自石垣駐屯地開設1年〜《17》
- 2024年08月22日
「種火だけは…」
高宮耕さん
ラン栽培や島内向け花きの流通を担う高宮耕さん(56)=嵩田=は、父・巌さんの仕事の都合で糸満市摩文仁で小学6年生まで過ごした。
米軍基地の存在こそ意識しなかったが、海に行くと不発弾がたくさん落ちていたり、遺骨収集団が学校のそばに来ていくつもの肥料袋に人骨を詰めて持ち帰るのを見たり、友だちが骸骨を持って遊んだりと、戦争の傷跡を深く感じる幼少期だった。
中学生に上がるタイミングで、JA経済農業協同組合連合会(経済連)に務めていた父の「故郷で農業をしたい」との希望で石垣島へ。嵩田に移り住んだ。
進学や就職で島をいったん離れたが、27歳でUターン。以来、この地域で父の後を継いで花きの流通を中心に手掛け、公民館長や役員なども務めている。
島で暮らすうち、高宮さんは現在の民主主義に疑問を覚えるようになった。長女が中学2年生だった2011年、石垣市と与那国町の公民科教科書に育鵬社を採用した、いわゆる「八重山教科書問題」が起きた。
各教科ごとに教科書を調査する調査員による教科書の順位付けを廃止し、調査員の推薦がない教科書でも採択対象になるよう規約を変更。さらに八重山採択地区協議会の委員の構成も変えるなどした。
現場教員の調査結果に重きを置かない一連の”改革”によって、最終的に育鵬社が採用された。その選定過程に「決め方がおかしい」と疑問を抱いだ。そうした出来事があった上に平得大俣への陸自配備問題に直面した。
「(於茂登岳一帯の)大事にされているところに一方的に駐屯地を押し付け、聞いてもらえさえしない。八重山教科書問題の時からずっと、民主主義ではないと思っている」と疑念を深める。
いまでも、地域の人たちは「(住民の声を)聞いてもらえていない」とやりきれない思いをずっと持ったままだ。
「(僕らは)自衛隊に恨みがあるわけではない。場所を決める前に住民にこの場所でないといけない理由をきちんと説明し、意見を聞いてからやってほしかった」。
その声を反映させる手段の一つだった石垣市自治基本条例の「住民投票規定」は、2021年6月28日に市議会与党の賛成多数で削除された。
「可能性をもいでしまったのが悔しい」と島の民主主義の行方に不安を募らせ、住民投票を行う権利があったと主張する当事者訴訟にも「審判に試合を挑んでいるような状況」と厳しい表情をにじませる。
「ここにいていや応なしに見えてきたことだが、心ある人はおかしいと思ってくれると思う。道義に合っているのか、根本的なところで考えてほしい」と訴える。
そのうえで、自分自身の心にも刻むように、こう語りかける。
「今は湿っていて火がつかない状況。でも、種火だけは絶やさないように…」。
(三ツ矢真惟子)
【八重山教科書問題】
八重山地区採択協議会の委員構成や教科書の採択方法の変更などを経て、社会科公民の教科書に保守色の強い育鵬社の教科書が選定されるに至った一連の騒動。石垣市と与那国町は協議会の答申通りの育鵬社、竹富町は東京書籍を採択し、14年に同町は協議会から離脱。15年から単独で教科書を採択している。
石垣市と竹富町ではその後、4度にわたって育鵬社の教科書が採択されてきたが、来年度から使う公民教科書には今月15日の両市町教育委員会で不採択となった。今後、竹富町が協議会に復帰する可能性もある。
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