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「ヒロシマ原爆展」始まる 石垣市制施行70周年記念

平和記念資料館の諏訪良彦副館長(右)から展示物について説明を受ける人たち=3日午前、石垣市民会館展示ホール

平和記念資料館の諏訪良彦副館長(右)から展示物について説明を受ける人たち=3日午前、石垣市民会館展示ホール

遺品や写真パネルなど展示
市民会館展示ホール

 石垣市制施行70周年記念「ヒロシマ原爆展」(主催・石垣市、広島市)が3日、石垣市民会館展示ホールで始まった。遺品20点、写真パネル32点、原爆の絵30枚などが展示されており、原爆投下前の広島の様子から被爆後の惨状、さらに復興、核兵器廃絶に向けた取り組みが分かる内容。

 広島平和記念資料館の諏訪良彦副館長は「キノコ雲の下で何が起こっていたか多くの人に知ってもらいたい」と呼び掛けている。15日まで無休。開館時間は午前10時から午後5時。

 広島では1945年8月6日午前8時15分、原子爆弾「リトルボーイ」(長さ約3㍍、直径約70㌢、重さ約4㌧)が投下され、約14万人が犠牲になった。

 展示物のうち、「三輪車、鉄かぶと」(複製)は、爆心地から1500㍍の東白島町に住んでいた当時3歳11カ月の銕谷伸一ちゃんが大好きだったもの。三輪車で遊んでいたとき、伸一ちゃんは熱線を浴びて全身やけどを負い、「水、水」とうめきながら同日夜に亡くなった。父親の信男さんが、天国でも遊べるようにと伸一ちゃんの遺体に鉄かぶとをかぶせ、三輪車とともに自宅裏庭に埋葬。40年後に遺骨を掘り出して納骨した際、三輪車と鉄かぶとを平和記念資料館に寄贈した。

 実物大の原子爆弾の写真も紹介されており、諏訪副館長は「TNT(トリニトロトルエン)火薬の量に換算すると、1万6000㌧。B29が4000機飛んできて爆弾を落としたようなもの」と解説した。

 このほか、被爆前後の広島の写真や真っ黒に焦げた弁当(複製)などもある。

 開館前にセレモニーがあり、小中学生の石垣市平和大使や県遺族連合会八重山支部の会員らが出席。中山義隆市長はあいさつで「沖縄戦と同様、本土で起こった原子爆弾による被害の実相や命の尊さについても理解を深め、歴史的事実を学ばなければならない」と述べた。

 日本非核宣言自治体協議会の親子記者として、ことしの長崎平和祈念式などを取材した山田太智君(新川小6年)は「原爆の威力は長崎より小さいと聞いていたが、多くの人が亡くなったことを知り、ひどいと感じた。多くの人に来てもらいたい」と感想を話した。

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